よみがえれ有明海

1日も早い開門調査の実施で有明海の再生を

有明裁判の現状  

有明裁判の現状  

NPOくまもと地域自治体研究所の会報「暮らしと自治くまもと」2021年3月号に、よみがえれ!有明訴訟弁護団の堀良一事務局長が寄稿された記事をご紹介します。

諫早湾干拓事業の本質と被害救済のために

1 諫早湾干拓事業の概要

諫早湾干拓事業は、農林水産省所管の複式干拓方式による国営大規模公共事業です。事業の目的は、優良農地の造成と背後地の防災(洪水、湛水、高潮対策)の2つ。

具体的には、諫早湾の湾奥約3500haを約7kmの潮受堤防で締め切り,さらに潮受堤防内に内部堤防を設け,淡水の調整池(2600ha)と干陸地を造成して,干陸地に638haの優良農地を造成すること,潮受堤防に設けられた幅200mの北部排水門と幅50mの南部排水門の開閉操作で溜まった淡水を適宜有明海に排水し,調整池を海抜マイナス1mに維持することによって,潮受堤防による高潮被害の防止ともに背後地の洪水被害や湛水被害を防止しようという計画でした。

工事は1989年11月に着工され,1997年4月には死刑台のギロチンさながらに293枚の鉄板が次々に落下して潮受堤防が締め切られ,2008年3月に事業終了し、同年4月から干拓営農が開始されました。

事業費は2530億円です。

日本型公共事業は、無駄、有害、走り出したら止まらない、後戻りしない、などの弊害が指摘されています。諫早湾干拓事業は、長良川河口堰などと並んで、この大規模公共事業の弊害を典型的に露呈しています。

2 無駄な公共事業1・・費用対効果との関係

多額の税金を投入して行われる公共事業は、事業の効果が投入する費用を上回るからこそ意義があります。したがって,費用対効果の比率は1以上でなければいけません。ところが,諫早湾干拓事業は,工事開始後の計画変更の結果,国の試算によっても費用対効果は0.81しかありません。すなわち,投入した費用に見合うだけの効果がないことは,効果を過大に費用を過小に見積もろうとする事業者自身であっても認めざるをえない状況です。事業者の身勝手な計算を許さず、適正に評価した場合の費用対効果は0.19にすぎないという研究結果もあります。こうなると、文字通り莫大な税金の無駄遣いです。

さらに言えば、1997年の潮受堤防締切によって調整池が創出されて以来,20年以上経過した今もなお,水質目標にほど遠い調整池の水質を改善するための水質改善事業が継続されています。この間に投入された税金は500億円を越えていると推計されています。調整池は税金を食い荒らすモンスターであるかのようです。

3 無駄な公共事業2・・事業目的との関係

諫早湾干拓事業は、優良農地造成と防災の2つの事業目的との関係でも,無駄な公共事業です。

優良農地造成の事業目的は、達成どころか、干拓地営農者に大きな被害をもたらしています。干拓地営農者は排水不良や,調整池に集まる多くのカモによる大規模な食害等に苦しめられています。そのため、2008年4月の営農開始時点では41の経営体が干拓農地に入植しましたが,現在までに10を越える4分の1の経営体が干拓

地営農をあきらめて離脱しています。この状況は止まりそうにありません。営農を継続している干拓地営農者2名がカモ被害などの温床となっている調整池への海水導入のための開門と農業被害の賠償を求める訴訟を提起し、損害賠償訴訟には営農から離脱した元干拓地営農者2名も加わって裁判闘争がたたかわれています。

防災の事業目的についても,推進派が大宣伝し,いまもなお後背地の諫早市民が信じこまされている1957年の諫早大水害を防止する効果について,あの大水害の防止効果がないことは,すでに国も認めているところです。背後地の湛水被害や高潮対策は、各地で実施されているように、排水路と排水機場を整備して湛水被害を防止し、海岸堤防を整備して高潮対策とすればすむことであって、干拓事業でなければならない必然性はありません。

4 有害な公共事業

諫早湾干拓事業は、無駄な公共事業の典型であるだけでなく、有害な公共事業の典型でもあります。

諫早湾干拓事業によって,宝の海であった有明海は「有明海異変」とまで言われる環境破壊に見舞われ,有明海漁業者は今もなお不漁に苦しんでいます。有明海漁業を支えてきたタイラギ漁は休止に追い込まれ、アサリは大打撃を受け、有明海産のアゲマキも店先から姿を消しました。多くの漁業者が漁業から離脱し,経営難から自死に追い込まれた漁業者も少なくありません。

2000年暮れからの赤潮による歴史的ノリ不作のなかで国が原因究明のために立ち上げた第三者委員会が,赤潮等の原因は諫早湾干拓事業にあると想定されるとし,潮受堤防排水門の開門調査によって,科学的に検証すべきであると提言したにもかかわらず,国は本格的な開門調査を行わず,開門をタブー視した「再生」事業によってお茶を濁し続けています。2005年以来本格化したこの再生事業にはすでに500億円を越える公金が投入され,いまもなお続いています。

5 走り出したら止まらない公共事業、後戻りしない公共事業

もともと諫早湾における干拓事業は1952年の大干拓構想以来,何度も目的を変えながら計画変更され,1982年には当時の計画が漁民の反対などで頓挫すると,今度は「防災干拓」などと防災を前面に打ち出して漁民の反対の声を封殺し,現在の事業となりました。まさに「初めに干拓ありき」で,走り出したら止まらない公共事業でした。

諫早湾干拓事業という、走り出したら止まらない公共事業はまた、決して後戻りしようとしない公共事業でもあります。

有明海異変のなかで不漁に苦しむ有明海漁民は、宝の海を再生させようと,訴訟を通じて異議申立を行い,2010年12月には国に対し潮受堤防排水門の開門を命じる判決を確定させました。

ところが国は確定判決に従いません。国が確定判決に従わないのは、この国の憲政史上初の不祥事です。三権分立をないがしろにする国に対し、漁民は,間接強制という強制執行を申し立て、裁判所がこれを認めたにもかかわらず、国はかたくなに開門を拒否し、開門確定判決を無力にするためになりふり構わぬ請求異議訴訟を提起して干拓事業の後戻りを拒んでいます。

6 裁判闘争の現状と展望

その請求異議訴訟も、地裁での勝訴、高裁での逆転敗訴、最高裁での再逆転勝訴、福岡高裁への差し戻しという複雑な経過を経て,いよいよ大詰めを迎えようとしています。

差戻審では、判決になった場合の勝訴を展望しながら,それを背景に、非開門などという不当な前提を置かない真の和解協議を実現する可能性を切り拓いています。今年の新年は、そういう状況のなかで迎えました。

争点についての審理は,わたしたちの攻勢のうちに大詰めを迎えようとしています。いま裁判所は,このまま判決に向かうのか,それとも和解協議をするのかの選択を迫られています。わたしたちは差戻審の当初から本年1月までの3回にわたって裁判所に上申書を提出して,非開門などという前提を置かない真の和解協議の実現を訴えてきました。訴訟外でも紛争の全面的解決に向けての機運が高まっています。日本環境会議や環境法政策学会などの研究者団体の現地視察が行われたり,日本ベントス学会自然環境保全委員会から裁判所に意見書が提出されたりしました。日本環境会議では特別の検証委員会が立ち上げられて諫早干拓の検証作業が始まり,すでに全体会議は9回を数えました。こうした動きは随時,裁判所に伝えています。そのなかで,裁判所は和解協議を無視して裁判を進行することはできないと考えているようです。

さらに、農水大臣は昨年11月の国会答弁や、12月20日の現地視察の際のわたしたちとの意見交換会で,前大臣が現地視察の際に述べた「さまざまな立場の関係者がバランスよく参加するのであれば一堂に会して話し合うこともあってもよい」との考えは,自分も全く同様だと述べました。そうであるならば,国がしがみついている非開門の100億円基金案の和解に固執する理由はなくなります。

わたしたちは,開門協議において,農・漁・防災共存の開門こそが唯一の紛争解決であることを堂々と訴えて,開門を実現していきたいと思います。

そのためには,まず,裁判所が前提を置かない和解協議を開始しなければなりません。

当面の焦点は、ここにあります。法廷の内外で力を合わせ,真の和解協議実現に王手をかけていきましょう。

以上